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■2018年02月25日 CX-5のタイヤ交換
CX-5が、早くも5年目の車検。タイヤのひび割れがきになると言ったら、お客さん、これは
ひび割れじゃないです、亀裂ですと言われて、即交換となった。まだ22,000kmくらいなの
だが、5年もたつと、ゴムが劣化するのだろう。実は、ひび割れや亀裂は、4年目には出ていた。
純正のタイヤは、ヨコハマだが、タイヤ屋さんは、ヨコハマは亀裂は入りやすいですと
いうので、ブリジストンのDueler HLというのを採用。225/65R17というタイヤはSUV/4WD用
で種類は少ない。4本で10万円近くしましたよ。それで早速走ってみたが、すぐに違いが
わかった。ロードノイズが小さくなり、乗り心地はよくなった。ステアリングも軽くなった
ような気がする。新しくてタイヤのゴムが柔らかい、特に側壁が柔らかいのが効いている
のかもしれない。ノイズが小さくなったのは大変ありがたい。おかげでエンジンの音が
良く聞こえるようになった。10万円の効果はあったようだ。
■2018年02月10日 インフルエンザ罹患
6,7日と39℃以上の熱を出して寝込んだ。一人でやっていてもしんどいので、
医者に行って、そのままつくばに帰ることにした。インフルエンザであれば、
仕事に出るわけにもいかず、家で一人でぐだぐだしているよりは看病してくれる
人がいるところがいい。医者はすいていた。インフルじゃないかと思うと行ったら、
すぐにテストをしてくれた。鼻の中に綿棒を差し入れ、ぐるぐるかき混ぜてきたない
ものを掻き取り、別室に持って行った。その後、2-3分、問診を受けた。まだ早いけど
と言いながら検査キットを見に行くと、「あ、もう変化が出ている、陽性、B型ですね」
こんなに変化が速いのは相当にウィルスが多く盛んなのだろうとのこと。
抗ウィルス剤を処方するから、薬局で吸って行けと。薬局では、別室に通されて、
イナビル吸引させてもらった。粉薬を気管支に吸い込んで、気管支の壁で増殖
しているウィルスを抑えると言うことらしい。薬が効いたのかどうか、熱はだいたい
その日で収まった。
来年は、絶対、ワクチンを打ってもらおうと思う。
■2018年02月07日 風邪薬
風邪薬は効果がないから飲むなという記事があった。風邪はウィルス性だから抗生物質は
効果がない。喉や鼻の薬は、症状を緩和するだけで、治癒を早めたりはしない。熱が出る
のは、ウィルスと戦う方法なので、解熱剤で下げれば治癒が遠のく。ごもっともに聞こえるが、
対症療法も立派な処方だろう。鼻が詰まっては、眠ることもできない。安静にしていろと
言われてもそんな余裕はないのが普通だろう。熱をおして仕事しなければ多大な迷惑をかける
ことになる。医者は治療だけしてればいいのかもしれんが、私は、仕事ができるように治療を
したいのだ。この記事によれば、医者にかかるのはムダに聞こえるが、別の記事には、
かかったかなと思ったらすぐに医者に行けとも書いてある。発症後48時間以内ならいい薬が
あるらしい。インフルの引き始めなんて、辛くて動けたもんじゃないけどね。1人暮らしでは、
こういうのが一番堪える。薬も使えないとなると、何もかも嫌になる。
■2018年02月05日 いまどきの教育と学習
教科書を開いて板書を写すなんてことはしない。
■2018年01月31日 日本幽囚記(3)
ゴロウニンは、水と薪を求めたところ、理不尽にも捉えられ、縄をかけられた
のだから、完全な反日派である。日本幽囚記のスゴイところは、どう考えても
日本に反感を持たざるを得ない、ロシアの教養ある少佐が、帰国するときには、
すんごい親日派になってしまっていることである。彼は、口を極めて、欧州人が、
日本人が残酷で野蛮人だと考えるのは間違っていると言うのである。この主張は、
全く意外であった。日本人は、背が低くて、出っ歯で、陰険でと、悪口を書き
連ねていると予測していたのが、ことごとく裏切られ、日本人は、清潔で、
人間愛にあふれ、みんなが読み書きができて、知的好奇心にあふれ、政府(幕府)
の言うことにも筋が通っており、人々のゴロウニンらに接する態度は、感謝に
あふれて真心にあふれているように書かれているのである。たとえば、
ゴロウニンらは、あるとき、幽閉生活に耐えかねて、北海道から樺太にでも
抜け出そうと脱走を試みる。捕まったら殺されると思って、三日三晩ほど、
方向のわからぬ松前の山中を彷徨し、海岸に出て歩いているところを
再度捕縛される。死を覚悟したが、彼らは、縄をかけられながらも、やさしく
介抱され、規則に則って自前で歩かされはしたものの、道の農民からは
ののしりを受けるどころか、施しを受けながら松前に引き戻される。ゴロウニンは
いたく感動するのである。欧州に間違った日本観が広がっているのは、すべて
オランダとカトリックのせいであるとしている。カトリックは、日本を
植民地にしようとして秀吉に見破られ、以後、迫害を受けざるを得なくなった。
オランダは、カトリックではないとして日本との交易を認められたが、
その利益を他に取られるのを恐れて、欧州では日本を野蛮人と罵り続け、
日本(長崎)では、日本に同化したような振りを見せて、幕府に取り入った。
なかなか鋭い読みではないか。ゴロウニンは、監視人である番卒や
通詞との会話を通じて、これらの認識を得た。つまり番卒や通詞ですら、
日本の国際情勢をそらんじていたと言うことである。いやはや、おそれいる、
我々の祖先は、ひとかどの人物揃いであった。

■2018年01月30日 炭水化物
久しぶりにスパゲティをゆでて食べた。うんまいねぇ。ベーコンやにんにく、
野菜やオリブオイルがいい香りと味を作るのだが、やはりアルデンテに仕上がった
麺がうまい。人間は、子供の頃は、どうしても甘いものが好きだ。アミノ酸が作る
ややこしい味はわからないのだろう。育ってくると、肉や魚が好きになる。
体がタンパク質を求めているのだが、同時にカロリーを満たすため脂肪も好きになる。
肉の脂身の柔らかさや、脂ののった魚に惹かれるようになる。初老(40のこと)を
迎えることには、より複雑な味に魅せられていく。辛みもそうだが、アミノ酸の
焦げたようなものが好きになり、さらに発酵食品に行き着く。塩麹は絶品である。
しかし、やっぱり、おなかがすいたときは、納豆や生卵をのせた炊きたての
白いご飯にに幸せを感じる。スパゲティにはいろいろなソースを絡めるが、
本当においしいと思うのは、いい具合にゆであがったパスタであり、おかわりには
麺が人気で、ソースは余り気味になる。老境に入って、赤子と同じ炭水化物に
妙味を覚えるとは、粋ではないか? (単なる味盲の年寄りか?)
■2018年01月29日 日本幽囚記 (2)
ゴロウニン少佐は、クリル(千島)諸島の測量を命ぜられ、カムチャツカから
島伝いにクナシリまで来て、水や食糧を日本人から得ようとして捕縛された。
なぜ捕縛されたかというと、その数年前にロシアのフヴォスト中尉らが、
エトロフとサハリンの日本人とアイヌ人の集落を襲撃し、「場所」の建物を
焼き払い、コメ、水産物、銃などをすべて略奪していったからである。間宮林蔵
がその場に居合わせたことが、「朔風の鐘」にも書かれている。そのことを
知らないゴロウニン(艦長)とリコルト(副艦長)がのこのことクナシリに
来たところ、幕府は、ロシア船が来たらすべて打ち払えと命じていたので、
捕縛されたのである。ゴロウニンと水夫7人ほどが、松前まで連れてこられ、
松前に2年2箇月、幽閉された。日本幽囚記には、ゴロウニンが見た日本の
風物、官憲の規則や対応、食べたり飲んだりしたもの、町人の様子などが
事細かに書かれている。ヨーロッパ人から見た、日本の見聞録なのだが、
旅行記などではなく、日露の外交を軸にして、江戸幕府の治世が欧州と
比較して客観的に書かれているのがすごい。
■2018年01月28日 日本幽囚記(1)
菜の花の沖を読み終えたが、高田屋嘉兵衛への敬慕は募るばかりである。
菜の花に書かれていることは、本当の実話なのか、自分なりに確かめて
みたくなったので、菜の花の中でも参照されている、ゴロウニンの日本幽囚記を
図書館から借り出した。昭和18年の岩波文庫で、茨城県中を探して取り寄せて
もらった。図書館すごい!もとは、1800年ころのロシア語の本で、国後(くなしり)
で捕縛されたロシアの軍船ディアナ号の船長、ゴロウニン少佐の書いた本である。
それが、オランダ語などに翻訳されてヨーロッパで広く読まれた。オランダ語版
が長崎に持ち込まれ、それを高橋至時の次の代の高橋景保らが日本語にした。
高橋至時とは、伊能忠敬に測量術を指導した幕府の天文方の役人である。息子の
景保も優秀な学者であったことがわかるが、彼は、これらの書物をオランダから
もらい受けるときに伊能忠敬の地図(中図)をシーボルトに渡し、それが露見して
死罪になった。獄中で病死した後、塩漬けにされ、死罪が確定した後、引っ張り
出されて、改めて処刑されたという念の入れようであった。
それはそうと、古い書籍なので、果たして古文の素養など全くない私に読めるか
心配だったが、杞憂であった。昭和18年に出帆された文庫本は、立派な現代語
である。旧字が多いので苦労するが、ちゃんと読める。それで、この本が
秀逸なのである。
■2018年01月20日 4Kディスプレイ
家のPC用に4Kディスプレイを買った。76年に自作したディスプレイは、
横64文字のキャラクタ端末で、換算すると横は512ドットということになる。
専用のディスプレイなんてないから、白黒の真空管TVに映していた。640のVGA
カラーディスプレイは、なんて細かくてきれいなのかと感動した。カラーと
言っても16色だった。マルチウィンドウを表示するとこれでは足らない。
1024のXGAが出たときは飛びついた。高かったねぇ。1280用のディスプレイに
1600ドット出したときは、ものすごい高精細で、これ以上はありえないかと
思っていた。でもまだブラウン管でサイズは19インチくらいだった。机の上に
担ぎ上げるのがたいへんな代物だった。100万円くらいしたね。最初の液晶型は
軽くなって感激したが、映りが悪かった。95年頃か。液晶も進歩して、1920の
フルHD版は、広かった。ところが、ノートPCの1920ドットは、さすがに細かすぎて
見にくくなった。ディスプレイの精細度は、デジカメの解像度とも関係している。
1920のHDでは、それでも200万画素にしかならない。最近の2000万画素以上の
デジカメには、まだ表示能力が足らない。1920の次に、2560という特殊な
ディスプレイをしばらく使っていた。こいつを使うと、バリバリ仕事がはかどった。
そしてついに4kになった。素のまま使うと、目を近づけないと見えないくらいだが、
劣化した視力(老眼)にはつらい。Windowsには、表示を125%, 150%, 200% にする
機能が付いている。解像度をわざわざ下げているわけだ。それでもウィンドウを
たくさん開くと、高解像度ディスプレイはありがたい。デスクトップ画面を
2面以上持たせることもできる。これだけ広くて高精細だと、マウスポインタを
見失うし、カーソルを動かすのにも遠かったり、微調整がしにくかったりする。
この先8kになるのだろうか? Super HiVisionなんて夢の話と思っていたが
作れないことはないのだろう。目が追いつかない。AIは人間を越え、ディスプレイも
人間を越えそうだ。
■2018年01月13日 アヒージョ
年末に小型忘年会で行ったイタリア料理屋で、エビとイカのアヒージョというのを
食して、大変感激した。大量のオリーブオイルにニンニク、アンチョビの他、エビやイカ
を入れてぐつぐつ煮ただけの簡単な食べ物である。オリーブオイルとのマッチングが
素晴らしい上に、ニンニクやアンチョビの濃厚なだしが効いている。オリーブオイルは
過剰なのだが、ここにパンを浸して食べるとこれがまたうまい。すっかりファンになって
自分でも作ってみた。贅沢言わなければ材料は安いし、簡単にできる。味は、さっぱり
にも濃厚にもできるが、カロリーはかなりのものだろう。それだけで夕飯にはなり
にくいが、appetizerか、ランチにはちょうどよい。家族にも好評。癖になりそう。
■2018年01月12日 菜の花の沖(5)
菜の花の沖6巻は読了した。いろいろ検索していたら、こんなものが見つかった。
https://dot.asahi.com/wa/2014082900063.html?page=1
嘉兵衛の子孫がいらっしゃるのだ。嘉兵衛は、松前藩に恨まれて、ロシアと交易していた
とケチな言いがかりを付けられ、次の代にはすべての船と権益を松前藩に取り上げられた。
函館の繁栄は続いたが、高田屋はなくなり、子孫は普通の人たちになった。しかし、
一念発起して、函館に記念館を作ってくれたのは、先代だったようだ。それを見に行けた
私は幸せ者である。今は閉館を余儀なくされたらしい。それどころか、現代のご子孫は
菜の花の沖を読んでもいないらしい。私は、高校生用の日本史要覧なども買い込んで、
嘉兵衛やゴローニンがどのように書かれているか調べたりしている。択捉の地図が
ろくにないのが悔しい。行ってみたいね。カムチャツカにも。
■2018年01月11日 目的外使用(2)
イノベーションを殺すことになると行ったのは、イノベーションというのは、
かなりの頻度で目的外使用から生じると思われるからである。目的に向かって
ものごとを進めていくことは、ある意味、当然である。脇道にそれたときに
思わぬ効用が生じて、それが意外であるから、イノベーションになることも多いので
あろう。その意外性をすくいとる器量があるかどうかが問題である。
たとえば、コンピュータは、もともと、弾道計算の数表を作るために編み出された。
数表というのがあまりに狭ければ、その名の通り、計算と言っても良い。当時、
computerとは、手回し計算機で数表を計算する人(主に女性)を指していた。
ところが、最初の大規模の計算機の使用は、国勢調査であった。Sutherlandは、
コンピュータで絵を描けることを示したのは画期的であった。インターネットは、
元々、DARPAの予算で運用される、軍用であった。それが軍用に閉じていたら、
今の世の繁栄はない。誰かが、軍事目的でなくても使うことを許可したか、黙って
使ってみた人がいるのだ。軍事用の技術を民間に適用するというのは、すごい
こわいことだったろうと推測する。我々は、個人情報を提供するときに、何々の
目的に限定するという誓約書を読んでOKを出す。まあ、それが正しいことはわかって
いるが、たくさんの芽を摘んでしまっているのではないかと心配にもなる。
データはデータであって、たとえば、私の血圧データは、私の健康管理のためであるが、
血圧計や高血圧の薬の開発のための血圧データと何も違いはない。目的で
縛ることは正しいことなのか?
■2018年01月10日 目的外使用
公的機関等から委託費等を受けてことをなすとき、予算の使用では、目的外
使用を厳に禁じられる。事業の目的のための専用の機器の購入や外注でなければ
ならないことになっている。この制限は度を超していて、専用の意味は、もっぱら
そのために使うのではなく、完全にそのためだけにしか使えないモノに限られる。
だから、他の用途にも使える汎用品の購入は禁じられる。これは実にバカげていて、
まじめに遂行すると、事業Aのためのプリンタ、事業Bのためのプリンタが並ぶ
ことになるし、汎用品とみなされれば委託費は使えなくて、身銭を切らなければ
ならなくなる。これは、予算の使用効率を下げるだけでなく、イノベーションを
殺すことにもなる。
■2018年01月08日 お正月気分
成人の日は、1月15日のはずだが、一週間早い月曜にされて長い。1月15日は、
休みでもあったし、お年玉付き年賀状の当選番号発表の日でもあり、それが
終わると、本当に正月が終わった気がしていた。それが、今や一週間早く
正月が終わってしまう。いや、そうでなくとも、このごろは、正月気分が
希薄である。地域特性によるのかも知れないが、まず、正月1日、2日でも
多くのお店は営業していて、いつもと変わりない。お雑煮は食べるが、おせちは
省略気味。食い慣れないモノを食べるより、好きなモノに厳選されているのは
ありがたいのだが、へんなものを食い続けて、「あーいつものスパゲティや
カレーが食いてぇ!」とか思うのも正月らしさであった。外を散歩しても、
たこ揚げとかしている子供がいない。いや、子供が外にいない。昔は、2日は
登校日だったっけな?雪が降らない。ただ、天気が良くて、煤煙が少なくて
空がきれいなのは、昔と変わらないかも知れないな。
■2018年01月03日 強風サイクリング
2018年最初のサイクリングに出かけた。三箇日、良く晴れた。1,2日は、休んで、
今日は不動峠から筑波山のロープウェイ駅(つつじヶ丘)まで上ることにする。
朝は寒いので遅めの9時に出るが、気温は4℃くらいしかない。朝から風が強い。
北西から10m位の風が吹き付けている。スピードが出ない。峠に行く前に引き返そう
かとさえ思ったが、山に取りかかれば、登り速度は遅いから、風も気にならないかと
思い直す。登りは、汗をかくくらい熱くなる。峠を登り切って、表筑波スカイラインでは
ジャンパーを脱いで、ジャージとアンダウェアの2枚だけになる。気温は、2-3℃。
道がところどころ凍っている。自動車も自転車も少ない。ときどき横風が吹き付けて
ふらふらする。風返峠から、ロープウェイ駅までの登りは、さらに風が強い。元旦は、
初日の出を拝みに来る自動車が列をなすのだが、今日はすいている。登り切ると、
「強風のためロープウェイは運行していません」とのアナウンスが繰り返し
流れている。そんなに風が強いんだ。休憩もそこそこに、坂を下る。ジャンパーを
着るが、顔や頭や指が寒い。下りは、スピードが出る上に漕がないから、体温が
保てない。下りきると、今度は、向かい風。ときどき息が止まるくらい風を食らう。
よろよろと走ってコンビニに入る。暖をとるため、肉まんや暖かいおにぎりと
メンチカツをほおばる。意外なことに、5分もしたら暖まってきた。平地でも
自転車は漕いでいるから、体内には熱があり、体表面や顔だけ温めれば楽になる。
また走り出すが、ずっと向かい風だった。1周してくれば、半分は向かい風でも
半分は追い風のはずだが、いつも、向かい風が75%くらいあるように感じる。
追い風は、40km/hくらいのスピードを楽に出せるが、向かい風は、15km/hくらい
になってしまうので、距離は同じでも、時間が全然違うのだった。帰って
お風呂に入った。70kmほどだったが、登りが500mはあったね。
■2018年01月01日 今年の目標
あけましておめでとうございます。
今年の目標は、授業をまとめて本を1冊書くこと。
運動は、ランニングは120kmで、サイクリングが2600km走りたい。通勤で500kmくらい
稼げればよいのだけど、そうすると、30回往復、月に3回自転車通勤すればよい。
行ってみたいところは、桜川市の桜並木。桜川の元になったところで、紀貫之が歌に
詠んでいる場所。それから、霞ヶ浦の帆曳き船を見に行く。坂野家住宅ももう一度
行きたい。鹿島神宮も自転車でいけないだろうか。
■2017年12月31日 チェスンシルのタブレットPC
韓国では、2016年末にパククネ大統領が弾劾され、2017年春に、文氏が新しい大統領に
選出された。チェスンシルという友人に大統領演説の添削をさせていたとか、二人で
ピョンチャンオリンピックの利権誘導したという疑惑だったと思うが、2015年末の
日韓の慰安婦合意も影響していただろう。しかし、明確な不正は、チェスンシルの娘の
大学の不正入学くらいしかなかったという話もある。ローソクデモで、民心が政治を
動かしたようにも言われるが、衆愚政治であろう。疑惑の決め手になったのが、チェスンシル
が演説原稿の添削に使ったと言われるタブレットPCを誰も使っていないチェスンシル系の
事務所から、新興のテレビ局が入手し、検察が、タブレットPCの中から演説原稿などを
発見したという証拠である。朴大統領も、チェスンシルとの関係を謝罪したりしたので、
よからぬ関係だったのだろうと思われるが、韓国の大統領は、内乱または外患誘致の
罪以外では刑事訴追を受けないので、果たしてこんなつまらんことで弾劾を受けるのかと
不思議だった。知らなかったのだが、このタブレットPCが、放送局と検察による捏造だった
という報道が、2017年9月23日にあった。これはちゃんとした調査のようである。また、
チェスンシルは、タブレットPCを使ったことがないと言っている。タブレットPCで
演説文の添削をすると言うのは、かなり苦痛なタスクである。このタブレットは、古い
もので、2012年までしか使われておらず、発見されたときは起動しなかったとも書かれている。
検察は、捏造とわかっていたが、11箇月隠蔽し続けたともある。
対抗する文氏側には、捏造を使ってでも自分への批判をそらしたい動機があった。

http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/09/jtbc-tablet-pc_n_13527534.html

文氏は、慰安婦合意においても朴前大統領は間違っていたと言わなければならないので
今回のような合意の(事実上の)破棄になっていくのだろう。対日関係や国際的同盟
よりも、自国の事情、自分の秘部をとりつくろうための騒動なのだ。
国民感情による国民感情のための政治、法治国家ではなく、人治国家である。
■2017年12月30日 年賀状、床掃除
年末なので、年賀状を書かないといけない。EmailやSNSの時代に、紙で配送費をかけて
年賀状を送るのは気が引けるが、郵便局も売れ行きの下がる郵便はがきの売り込みに
必死である。レーザープリンタで写真を印刷するのだが、やはりはがきの印刷は、
インクジェットの方が性能が良いね。
もう一つの年末行事の床掃除、ワックスがけをやった。いいにおいのワックスなのだが、
12年もたつので、かなり傷んで変色している。それでも、モップがけしてワックスを塗ると
部屋が明るくなったように思われる。9月にやったばかりなのだが。備忘のために書いておく。
■2017年12月30日 盗難被害届
駐輪場の1週間ほど駐めておいた自転車のトップチューブの上に付けていたバッグと
サドルバッグの二つが盗まれた。自転車本体は、駐輪場の鉄枠にからげてロックしてあったので
無事だった。バッグには、ライト、裾ゴム、替えのチューブ、CO2ボンベ2本、携帯工具やパンク
修理キットなどが入っていた。泣き寝入りのつもりだったが、もしも、このバッグを取り付けた
自転車を見つけたら、交番にしょっ引いていくつもりで、そのときに被害届が出ていないと
人のものに手を出すことになるので、被害届を出しに行った。年の瀬で交番も忙しい
だろうに、2時間もかけて、調書を作って下さった。盗難の現場にも同行し、自転車の
サイズも計って行かれた。自転車にバッグを付けた状態の写真があったので、状況を
理解してもらいやすかった。捕まえられるといいが、とにかく、これを付けている自転車を
見つけることだろうなぁ。
■2017年12月29日 慰安婦合意の検証結果発表
韓国の文大統領は、慰安婦合意について韓国国民は情緒的に受け入れられない、2015年の合意
では慰安婦問題は解決できないと言っている。
27日に韓国で慰安婦合意を検証した結果が発表された。慰安婦本人の了解をとっていない
とか、法的責任の謝罪や閣議での謝罪を求めたが拒絶されたとか、さらに非公開の取り決めが
あり、その内容まで公開されてしまった。この検証結果を元に、日本政府に再交渉を求め
ようとしたが、来日した康京和外交部長(外務大臣)は、河野外務相からも安倍総理からも
再交渉を拒絶された。国と国とが、不可逆な最終合意だと言って米国を
立会人にして決めた合意を「国民が情緒的に受け入れられない」とか、「検証の結果、
前政権が勝手に進めたことがわかった」といって反故にできるなら、また、互いに非公開と
認めていたことを勝手に公開できるなら、次の再交渉の結果は長期にわたって維持できる
などと信じられようか?そもそも、1965年の日韓基本条約で、1945年までの日本統治の
最終的な整理を付けてあるのに、慰安婦は別だとか、民間は別だと言ってさらなる
謝罪や賠償を求めるというのは、どういう精神なのだろうか。慰安婦本人の気持ちが
入っていないというのもどうしたものか。日本政府は、ずっと、「ではどのような方法で
謝罪の気持ちを表せばよいのか?」尋ねてきたが、韓国側は、「それは日本が提案せよ」
というばかりだったのだ。そのことは、2014年に日本が行った93年の河野談話の検証
でも明らかにされている。韓国政府には、もともと、慰安婦本人の気持ちをくみとる
つもりなどなかったのだ。国のメンツにかけて、日本の提案を受け入れてやるという
だけの、どちらが上か下かという論理でしかなかった。長期間、捏造した歴史に
基づいて続けてきた韓国の反日は、このように大矛盾に陥って破綻していくのだろう。
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