自転車レースに出る
その3
-東京エンデューロ2005冬大会-

2005.12作成

Penguin!! 松井俊浩

この大会は3回目

東京エンデューロは、2004夏大会2004年冬大会、と出ました。 昭和公園を高速の自転車が一日中突っ走るのは運営上危険なので冬だけにしてくれ、ということらしく、2005年は冬大会だけ。冬は、走る方もつらいですし、今年の冬は記録的な寒波ですが、もう一度参加することにしました。

コンディション

体調は、まあまあかな。11月から数回の土曜日に、ずいぶんと寒いのに薄着で峠登りにでかけ、風邪を引きかけて先週の週末はどこもでかけず寝ていました。1年間、峠登りに励んできたけれど、速くなったわけでもなく、目標は昨年の24周120キロに1周加えて25周125キロといったところ。もう年だしね。前の晩は、会場付近の実家に一泊。

天気は晴天。おそらく午後から風が出て来る。気温は2-8度というから相当に寒い。昨年は長袖ジャージと長タイツで最後は寒くなったので、今年は薄手のウィンドブレーカも着る。手袋は、フルグラブ。実はユニクロの1000円の安物。心拍計を着ける。補給食は、カロリーメイト4本、おにぎり1個、ゼリー1個、水は、ボトル1本のPocari Sweat。

自転車は、前回のGiant FCR-1が盗難に遭い、今年はBianchi Passo(白)。FCR-1よりかなりマイルドな街乗り向きのクロスバイク。前フォークにはサスペンション入り。ホイールをShimano WH-R550に交換し、タイヤを700x32から700x23に交換。フロントが48-40-28の3枚、後ろが12-23の9速。ちょっと前傾が弱くて風圧が強そう。

出場者は、昨年と同数くらいか?

レースの様子

11時スタート。スタート直後は、先頭から20番目くらいの位置につける。最初から時速35キロくらい。前ミドル、後ろ1速からスタートして、数百辰9速まで使い切る。前をアウターに変えて、後ろを6速か7速にする。後ろから10秒に一人くらいのペースで抜かれる。集団の後ろについていようとするのだが、どんどん前に割り込まれる。自分も前に出ようと思うが、集団の中で無理をすると落車の危険が増す。1周目は、9分くらい。その後も、1周9分のペースをキープして1時間ほど走る。2時間の人やチームで参加の人は良いが、自分は4時間ソロなので、オーバペースだとわかるが、4時間で25周するには、最初の1時間で7周が必要。

4周ほどして、自分と同じくらいのペースの集団が見つかる。そこに入って8周目の周回を終えた頃、左の臀筋が痛み出した。サドルに腰を下ろすと痛い。腰を浮かせてペダルを回すにしても力が入らない。見る見るスピードが落ちる。半周くらいで下りて様子を見る。これを痙ったというのだろうか。屈伸、特にストレッチを繰り返す。完走できないかもしれないという思いがよぎる。このまま帰るのは、それはそれで楽な解という誘惑。

監視員のおじさんと、バイクで周回しているスタッフが近寄ってきてどうしましたか、と言う。痙っちゃっただけです、大丈夫です、と言うと、バイクは行ってしまった。監視のおじさんは行くところもないからいろいろ話しかけてくる。その人はランをやっているらしく、ふくらはぎやももが痙るのはわかるが、なぜお尻が、と不思議そうな顔をしている。ペダルは、下へのキックだけでなく、ぐるぐる回すので360°力が入っているんです、などと説明する。なぜ左だけなんだろう。しゃがみこんでおしりからももの裏を伸ばすと気持ちよいが、立ち上がるときに力を入れるととても痛い。

そんなふうに時間をつぶすのももったいないので、ゆっくり自転車を漕いで、トイレに行く。次にピットに行ってボトルに水を足し、おにぎりをほおばる。回りの人は、何いまごろ休憩してんねん、というような怪訝な顔で見ている。さらにストレッチを10分くらい続けると、何とかゆっくりなら走れるようになる。止まっていた時間は、全部で約20分。2周ほど損をした。その後の1周も時速25キロくらいのもの。集団に抜かれた後、同僚に追いつかれ、「集団についていかなきゃ。ボクはもう足がないです。」などと耳打ちされる。「足がつっちゃって走れないんだけど、あれに追いつくくらいなら」と言って、尻にむちうつ。

数百奪瀬奪轡紊靴董△茲Δ笋集団に追いつく。追いつけば、風よけの後ろで楽に走れる。この集団の中で2周、3周と重ねるが、だんだんスピードが落ちてくるのがわかる。1周10分以上かかっている。この集団を追い抜いていった人が2-3人いたので、そちらを追いかけることにする。集団を抜け出て、風よけがないまま一段上のグループにつくのにはものすごいパワーが必要。心拍数が跳ね上がり、最後は170に届いていた。

それで速い人の後につけたと思ったのだが、そうでもないらしい。速くなったり遅くなったり、のらりくらりとついていくのも大変。向こうにしてみれば、付いてこられるのは迷惑なのだろう。とっかえひっかえ人の後ろについたり、自分が引っ張ってやったりするが、ペースが定まらない。そうして2,3周するうちに、元の集団に抜かれる。ありゃりゃ、だいぶ差を付けたと思ったが、やはり着実にイーブンペースで走るのがロスが少なくて速いのか。集団に飲み込まれてカロリーメイトを食べたりゼリーを飲む。前の人が、もうあと2周だからと思ったのだろう、急にボトルの水を捨て出す。後ろも見ないでボトルを取り出して蓋を開け、手を横に伸ばして、じゃじゃーとこぼす。それをボトル二つ分やってくれましたよ。マナー悪いね。こっちは右往左往しましたよ。これがまたペースを乱し、この集団についていくのも辛くなる。上り坂で離される。こっちはまだお尻からももの裏が痛くて、瞬発力は出せない。その代わり、平地では、ブレーキしないといけないくらいに前に出て行きそうになる。最後の一周は上り坂で離されたまま、追いつく気力もなく、集団からちぎれて一人旅となった。

心拍数変化

今回は、ポラールをセットして、心拍数と速度を記録した。まず、昭和公園のコースが、10辰らいの高低差があること、午後に入ってしだいに気圧が低下していったことがわかる。最初の30分は160を超えており、オーバペース。心拍もさることながら、足の筋肉も酷使していたのだろう。途中で20分間、自転車を降りていた期間が記録されていない。だから全部で4時間のはずが、3時間40分しか記録がない。

後半戦、集団に入る前はスピードが出ていないが、集団にはいって初めは30キロ以上を出していた。3,4周回るとスピードが落ちている。下り坂では、心拍も130を切って、余裕の様子。次の集団を捕まえるために、相当に無理している。追いついてからも150くらいの心拍が続いている。最後の2周は、へろへろになっているのがわかる。


大会終了

3時間57分くらいで22周、110キロを走って終わりにしました。左足が故障して20分間自転車を降りていたのが悔やまれます。全部で30分はロスしたでしょう。それがなければ、25周できたかもしれない。でもオーバペースが原因で足を痛めたのだから、総合的にやっぱりこんなものなのだ、などなど、悶々と反省する。

じゃんけん大会は遠慮して、すぐに上着を着て、サイクリングロードを西立川駅まで自走する。駅で輪行袋に自転車を入れる。疲れていて思うように手足が動かない。ホームに下りると3時40分くらいでした。立川駅で乗り換えるとき、そばの匂いにぼーっとなりましたよ。いかん、早う帰らねば。電車の中で、余ったカロリーメイトとチョコレートを食べる。ポラールを見ると、2880カロリー消費したことになっている。そりゃ腹減るわな。手で顔をこすると、手に何やら白い粉が付く。ほこりかと思ってよく見ると、塩のようだ。なめるとしょっぱい。こんなに汗かいたんだ。疲労感は、気持ちよい。

クリスマスの24日なので電車が混んで大変かと思いましたが、たいしたことはありませんでした。実は、自転車を担いでの輪行は初めてなのですが、自転車が重たいことを除けば、苦労はありませんでした。でも、来年もこの大会に出るかと問われれば、特別な追い風がない限りやめておこうかな、と思います。理由は、がんばりすぎちゃうこと。フラットバーで走るレースにしては、がんばりすぎという感じです。やっぱり、暖かい週末にえっこらえっこら、筑波山の峠道を上るのが似合ってると思いました。



toshihiro@matsui.dip.jp