家を建てる

2006年4月 Penguin!!

どうして家を建てるのか

途中で外国に1−2年住んでいたこともありますが、社宅住まいが25年近くになります。いずれ人生の転機が訪れてとんでもないところに住むことになるかもしれないと、ずっと賃貸で我慢してきました。新しい家を建てたいという思いと、このまま賃貸を続け、定年後も借りてる方が楽、という考えで迷いました。

家内とも検討の結果、四分六ですが(強引ですが)、建てた方がよいことになりました。そうなったらもう、パタンと気持ちを切り替えて、絶対建てる、一番良い家を建ててやる、と決心しました。やっぱりなくてもいい家かも、なんて思いながら建築にとりかかると、やっぱりなくても良いような家が建ってしまうでしょう。反対に、四分六で建てなくてよい、となった場合は、なかなか諦めきれないでしょうね。3年後に再検討する、くらいを決心して、いろいろ勉強すればよい。

建てることになったなら、そのコンセプトをはっきりさせておくと、後々の判断で迷いを減らせます。通勤のためだ、老後のためだ、子供のためだ、など、住宅建設の理由は複雑に絡みあっていますが、構成員の利害を超える崇高なテーマを、半ば作為的にでも決める。うちの場合は、温度環境、エネルギーコスト、趣味ができること(音楽、自転車)、家族のプライバシ、です。間取りや材質など迷ったときに、決める判断基準になる。それに従っていけば、できあがったときには統一的なコンセプトが貫かれた家、ということになる(はず)。

誰が住むのか

この家には、誰が、何年住むのだろう?長い間には、家族構成も変遷する。子供は成長して出て行きますし、反対に、老父母が入ってくるかもしれません。子供が小さいうちは、みんなが一カ所に固まって、どこで誰が何しているかわかるのがよいと考えます。しかし、高校生、大学生となると、それは逆効果で、そんな家なら外にアパートを借りたいと言い出します。

多くの家庭と同様、我が家で家と最も関わり合いを持つのは、家内です。ほとんど1年365日、一日24時間、家にいます。料理や掃除で関わりを持つのも家内です。子供は、いずれ外に出て行くでしょう。私が家にいるのは夜と週末だけです。年をとれば家にいるようになるでしょう。そのときは老夫婦が、仲良く暮らせる家にしたい。それで、家内にどういう家がよいか、聞きましたが、よくわからんので私に任せるそうです。敬意を表して、小さいながら家の主の部屋を設けました。

いつかは売却するのか、償却したら建て直すのか。誰が所有するのか。あと30年くらいは我々が住むのでしょう。その後は、子供が住んでくれるとうれしいけれど、自分たちと親の関係を考えても、そんな都合良く行くわけがない。誰か、他人に買われて使われれば良い方。おそらく、我々が死んだら、取り壊され、土地も他人の物になるでしょう。まだ使える家であっても、もう旧式の、そのころのコンセプトとは相容れない家になっているのでしょう。40年くらいは持つ家にしたいですが、それ以上持たせるのに余分なコストはかけたくない。どっちみち取り壊される。そのときに、まだ使える、こんないい材料が使ってあるのに壊すのはもったいない、と思われるよりは、もう寿命を終えた家だからと心おきなく壊せる家の方がよいのではないかと思います。

何年持たせるかは、コスト計算に重要な意味があります。長期持たせる計画ならば、十分な初期コストをかけて高効率の冷暖房を導入しても、ランニングコストが安くなって元がとれます。たとえば断熱を厚くすることにコストがかかっても、それで節約できる燃料代が積もり積もって初期コストを上回るように出来ます。最近流行のソーラーパネルは導入できないでしょうか。計算すると、元を取り返すのに30−35年かかることがわかりました。その間に性能の劣化がありそうです。これからさらにソーラーパネルが安くなり、20年以下で償却できるようになれば、買いだと思います。。

公共財としての家

住宅は誰の物か、と問えば、買った人の物、住んでいる人の物、と考えるのが普通でしょう。しかし、これだけのサイズの物体が、限られた地表面を占有するのだから、社会的制約を受けて当然でしょう。私が購入した土地の面積は、日本の面積の15億分の1。同じ面積を一人一人が占有すれば、全土を埋め尽くしても15億人分しかないのです。もちろん、日本には山や川もあれば、道路や公園も必要ですから、15億分の1を占有するのは、ぎりぎりという感じがします(実際は家族5人だから15億分の5か?)。木造の家であれば、木材だけで10トンほど、100本近い木を切り倒すことになるでしょう。

住宅は、個人財であると同時に、公共財としての性格も帯びています。海外の古い町を旅行すると、どれもが似た色調で、似たような造りで、街の文化やしきたりを表しているのに感心します。日本の古い民家にもそういう傾向があった。最近は、いろんな流儀の家造りが流れ込み、たくさんのハウスメーカがコストやデザインを競ったので、和風の家とスペイン風、北欧風、アメリカ風の家が並び、日本の街並みは国籍不明になりつつあるように思います。一方で、古い家と新しい家は、一目で見分けがつきます。最近の家は、どれも外壁が石のようなサイディングで、中身は木造、屋根瓦は平面的で、七破風の家のように小屋根が突き出ています。あまりこの流れに乗ると、10年もすると見るからに古い家、ということになります。

不必要に大きな家、周囲の景観と調和しない家というのも顰蹙でしょう。外見では、あまり人目を引くことがないようにする方が良いように思います。

日本の住宅建築事情

平均的な住宅の大きさやコストを知っておくと安心できます。総務省の住宅に関する統計。こちらには住宅、土地調査の速報があります。

日本には、長屋建てを含み5000万戸ほどの家があり、毎年300万戸ほどが新築されています。一住宅当たりの平均敷地面積は300屐△箸聾世辰討皸貳崑燭い里蓮淵瓮献▲鵑蓮法160屬らい。持ち家率は61%。

2005年では、持ち家の一戸建ての広さは平均120-130屐集合住宅も含めた平均は90屬曚鼻G々大きくなる傾向があります。

茨城での建設坪単価は55万円という統計がありました。日本の家の平均寿命は26年だそうです。築15年の家屋は価値がゼロになると言います。仮に3000万円の家とすると、毎年200万円の償却費、月16万円の家賃と思えばよい。反対に15年後からは家賃はゼロ円とも言えます。

80年代に、英国のジャーナリストが、「日本人はウサギ小屋に住んでいる」と書いた(実は79年のECの報告書)。これは軽蔑には当たらないなどの見解もあるが、(元はフランス人の言葉で、フランスではウサギを食用に飼育する風習があり、ケージにウサギを並べて育てる。それが長屋立てのアパルトマンと似ているので、ウサギ小屋はアパートの別称になっている。日本の住居はウサギ小屋、の真意は、多くの人がアパートに住んでいる、という程度の意味しかないという説)、大部分の日本人は、言われる通りだと思いつつ、ムカッと来たというのが偽らざるところ。戦後、米国やヨーロッパ並の生活水準にあこがれてせっせと働いて高度成長を実現してきたが、「住んでいる家はウサギ並み」と言われて、俄然奮起してしまったわけです。よせばよいのに、日本人の競争心に火を付けてしまった。そして約20年後の1998年、とうとう国際比較でヨーロッパに追いついたと言っている。この総務省の記事でも、ウサギ小屋を蒸し返しており、20年前の侮辱にひどく腹を立てたことがよくわかりますね。よその国の生活事情を決して侮辱してはいけませんね。いつか追い越されますよ。

諸外国と比べて、日本は地震が多いので、コスト的に不利です。同じコストでは、頑丈に作る分、小さな家になってしまう。しかし、「わたしは悪い工務店」なんて本は、耐震基準も何もあったもんじゃなく、手抜き工事が横行している様子を活写している。アラビアでは、日干しレンガ(AdobeはPDFのAcrobat Readerで有名だがもとはおそらくメキシコの日干しレンガ)で、なんと、10階建てくらいの高層ビルを作る。日干しレンガ、って、泥にわらを混ぜて1週間くらい乾燥させただけの物。地震もなければ雨も降らない国だからこれでもつのでしょう。そういう国では、木は貴重品でしょうね。日本には、軽い(あまり緻密でない)木がたくさんあります。

アメリカの家の寿命が60年なのに、日本は26年、というのがコストを押し上げる。自動車もそうだけど、日本人は新しい物好きで、ちょっと古くなると捨ててしまう。これが大きな家を作りにくい最大の要因かと思ったりします。欧米では、3世代に1度家を建て替えれば良く、自分がその世代に当たってしまったことを嘆くそうです。日本人は、男子の一大事業としてみんな建てなきゃいけないし、ひどいときは親が建てた家の借金を子供が払わなきゃならない。26年サイクルを回していくとすると、木が26年で柱になるまでに生長しなければならないということ。バルサでもなければそんなに速くは育たないから、日本の山の木がだんだん減っていくか、外国からどんどん輸入しなければならないということ。米ヒバとか米マツというように、北米から輸入している材、あるいは中国産、東南アジア産の木が多い。

なぜ日本の家の寿命は短いのか。古民家などを見ると、日本にも、何代にも亘って使われ続ける家の文化はあった。しかし、昭和、戦後の町屋というのは長く住み続ける価値があるだろうか。ベニヤ張りの家は、30年ももたないでしょう。今住んでいる社宅は鉄筋コンクリートです。これがまた傷みがひどい。特に湿気がひどい。外側は雨漏り、内装は湿気でべこべこ。屋内にしばしばなめくじが生息している!外が50%の湿度でも、中は85%という、校倉造りの逆の効果を持つ建物です。面積や間取りの好みも30年では大きく変わる。マンションも戸建ても、面積は徐々に広くなっていて、現在、戸建ての平均は120屬鮠絏鵑蝓3−40年後には160屬肪する勢いで伸びている。間取りも、4畳半なんて小さい部屋はなくなりつつある。今、平均の家を建てると、次の世代には小さくて魅力がないことでしょう。

というようなわけで、次の世代に使ってもらうためには、合板は使わない、大きめの家にする、小さな部屋は作らない、拡張可能性を残す、湿気対策は十分に、などに注意します。

雑誌やマスコミ

いい家を作る、の類の単行本は大量にあります。工務店の社長が書いた本が多く、自社の工法を売り込むための宣伝的性質が強い。理論的、実験的な裏付けに欠けます。断熱に関しても、外断熱がよい、いや断熱の方法ではなく気密が問題だ、気密を上げずに外気を通した方がよい、外気は中に入れずに通気層を通すだけにする、それって外断熱では、いやいやなどなど、混乱しますが、一通りの解釈は得られるでしょう。外断熱、内断熱、結露のしくみをよく理解しておいた方がよいでしょう。気密が良くなれば、ホルムアルデヒドなどが及ぼすシックハウスの影響も気になります。木やガラスの熱伝導率、ガスや電気のエネルギーコスト、ヒートポンプの効率なども理解しておく必要があります。

消費者向けの雑誌も疑ってかかるの適当です。まず、坪単価がそんなものなのか、と思いこまされるのがこわい。7-80万円以上がたくさん出ています。すばらしい写真が掲載されていますが、写真は、可視光で撮った物。可視光は時に邪魔ですし、温度環境については誤解を招きやすい。たとえば、冬でも日を浴びて明るいと掲載されている部屋は、開放された大きな窓によって、夜間や曇りの日には熱がどんどん外に逃げている可能性が高い。窓が大きければ、温室効果が激しく、夏は暑くて困るでしょう。24ミリ以下の超広角レンズで撮っている写真も多く、実感以上に広く感じさせています。百聞は一見に如かずと言いますが、人間は、目で見たモノは信じやすい。写真って、真実を伝えているようで、すごい嘘をつきます。昔、きたない寮に住んでいる友人の写真が雑誌に出たことがあります。確かに寮の一室の写真ですが、それはそれは素晴らしい色合いで、実物の情けなさとはひどい違いでした。

むしろ、Web上の個人の赤裸々な情報が役に立つのではないでしょうか。家作り、家を建てる、などで検索するとたくさんの体験記が読めます。私もその一つを書き加えているわけです。建材の情報も有用です。中でも、「我が家のいえづくり」には、たくさんの有用な情報が書き込まれています。

予算と坪単価

いわゆる坪単価は、簡単に価格やグレードが推測できる指標なので、広く使われますし、私も最初は気にしました。いろいろ調べてみると、安くやれば40万円台、5-60万円が普通の相場、7-80万円もかけるといいものができる、という感じでしょう。坪単価に影響するのは、材料の単価、設備のグレード、設計の複雑さです。延べ床面積が大きいと、キッチンやお風呂などの設備はそれほど変わらずに空間だけが大きくなりますから、坪単価は下がります。シンプルな作りにする(造作が少ない)、安い素材を使う、ということで単価は下がりますが、安っぽい家になるでしょう。私のやろうとしている、正方形に近い総2階というのが、まさにそれです。

坪単価は業者に依存するように思われますが、結局良い材料か安い材料か、どこまで複雑な作りを許容するか、などに反映されるだけだと思います。業者は、むしろ、家作りのコンセプトに大きく影響します。自分の一番のこだわりが決まれば、それを実現してくれる業者を探す。こだわりがなければ、一番安い業者がよいでしょうが、それは一番悪い家に近づきます。私がこだわったのは、好きな間取りと、冷暖房方式とエネルギー効率でした(後述)。

予算には限度がありますから、単価×面積、を一定以下に抑えなければなりません。単価を削って面積を膨らませることは可能ですが、そうすると、ランニングコストが増えることに注意。断熱性能を落として単価を下げ、浮いた予算で床面積+壁面積を増やせば、冷暖房コストが倍になっても不思議ではありません。毎年の冷暖房コストが5万円違うとすると、30年で150万円ですから、その分を初期コストとして単価増に入れることは合理的です。

家作りで一番優先させることは?

3D MyHomeDesigner を販売しているMegasoftが、メルマガでアンケートをしていました。

 ●家づくりを考える際に「予算」「場所」「広さ」以外では、どこを重点に考えますか?

  1位 間取り
  2位 環境
  3位 日当たり

 ●家づくりで1番優先するのは?

  1位 キッチン
  2位 内装(壁紙やフローリング)
  3位 お風呂

回答者に女性が多いらしく、そう言われればなるほどという回答です。しかし、この設問はどう読むのでしょうか。重点をどこに置くかと、何を優先するか、は同じことだと思います。間取りを重点的に考え、中ではキッチンの配置を一番優先させるということでしょうか。キッチンに一番日当たりの良い場所を持ってくるのだとしたら驚きです。環境というのは、家の外ではなく、内装のことなのでしょうか?揚げ足とりはやめましょう:-)

家作りの要素は、複雑に絡み合っているので、第1優先のものをまず配置し、次に第2優先を配置し、というやり方では決められません。こっちを快適にし、あっちでがまんし、というふうで、Σ快適点-Σ我慢点が最大になるような配置を求めるのでしょう。各々の快適点と我慢点は、係数x得点になります。この係数がすなわち優先度であり、その一番大きいのが、上記のキッチンや内装、ということでしょうか。

へりくつをこねましたが、私にとって係数の大きい要素は、間取り(日当たり、動線、プライバシー、音環境を含む)と断熱(エネルギー効率)です。内装やお風呂にはあまり関心はありません。庭にも興味はありません。また、日当りも良すぎるのは嫌いです(日陰が好き)。ですから、ここにご紹介する家作りの記録は、日当たりと家の見てくれ重視の人には、役に立たないでしょう。